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21日 徹底討論(資本主義)

翌朝、おいしい朝食をいただいて、改めて気合いを入れて徹底討論会が開催されました。テーマは前日の最後で話が出始めた資本主義についてです。(メモと記憶を頼りに書いておりますので、発言者が違いましたら申し訳ありません。)

自分のことは語れない。

(内山先生)我々は拡大していく生き方しか知らない。縄文時代からずっとそうであった。(人口や経済が発展し続けることが前提の生活)そろそろ縮小していく生き方をしていった方がいいのではないだろうか。
言葉で言うのは簡単。食糧問題ではなく食料価格問題。足りない国もある。帰る国はまだいい。変えない国が食糧問題が起きている。日本は2〜3割捨てていると言われている。

(鬼頭先生)縮小は大きなキーワードになっている。東京に集まり地方が過疎になっている。湿地まで家を建てるよりは、そこに立てるのをやめた(自然を残した方が)いいといった方がいい。あるところでは田んぼをやめて干潟に戻している。例えばここ福島潟もそう。90haを戻した。それは画期的なことである。自然に戻すには自然に戻すための労力が必要。
縮小を受け入れることが大切。自然が戻ったことを喜べる。浮き世とこの世。

(内山先生)政治がぶれても関係ない自分たちを持っておく。宗教特に仏教では縮小も拡大もない。なぜなら物欲は本来意味のないことであるから。生と死は同列。生き生きではなく、豊かに死ねるまち作りが必要。資本主義は拡大が前提で成り立っている。

(会場から)資本主義は捨てたもんじゃない。(欧米諸国だって)資源が無くなるのはわかっている。お金を短期的な利益で求めるのは、短期になりやすいという人間の本能。立場によっても違うのではないだろうか。貨幣はすごく良くできた道具である。上手な使い方が必要なのではないか。

(内山先生)資本主義は利益が上がれば何でも飲み込んでしまう。欧米は資本が一巡し、今は新興国に投資が向いている。しかし新興国はリスクが高い。そこでコミュニティーがしっかりすると投資リスクが下がる。つまり投資対象のためのコミュニティー作りである。また、コミュニティー作りは国からしても安い投資なので、今は盛んに進められている。経済から見た場合コミュニティー作りを通して途上国投資をしている。ケインズは貨幣を多く持つことは堕落させると説いた。一方でいいシステムであることも認めている。
さらに、ゲゼルは貨幣は劣化しないが、商品は劣化する。この矛盾あるシステムをどうすべきか考えていた。

(とかちの・・・吉澤さん。元日本銀行職員。)資本主義は厄介者。デフレとインフレは困るので、常にその間で動いている。今やっていることは国家のお金にどう絡まないでどうやって動いていくか、社会をどうやって作るのかがテーマ。いかにうまく使うか。儲けることではなく、いかに回していくか。ゲゼルの発想が地域通貨に繋がる。

(会場から)日本は縮小するが、南の方は発展途上。グローバルでどうやって使っていくか。富の再分配。縮小とか拡大という概念自体が間違っているのではないか。

(手塚さん)いい案配がいい。グローバルだからこそ、ローカルが大切。中央集権型ではうまくいかない。新潟はこれからどうしたらいいのか。認められないことは政策審議制度などを活用していった方がいい。山梨でよく相談を受けるのが、もっとお金があったらいい製品が出来るという人がいる。逆に投資を断って、今の規模のままでいる人もいる。なぜならこれ以上拡大すると品質が保てなくなることを知っているからだ。地域だけで(ワインを)飲んでくれればそれでいいという会社もある。

(大熊先生)なぜ一人1000万として3000億くらいにしか成らないのに。3000億っていうと皆さんの感覚では大きいかもしれないが、私が専門にしているダムなどは1基たてれば3000億である。ダムはたてる予算があるのになぜ保証はできないのか。定額給付金は2兆円である。

(会場から)当初予算では、お金はないといっている。小泉内閣の時に年間2200億円の削減目標を立ててしまった。それが足かせになっている。年金など社会保障費は年々増加しているのに、削減をしなければならない。だから年金基金を崩して無理矢理削減したようにしている。一方補正予算は緩い。だから今回みたいに使い道のわからない予算がどんどん出てきてしまう。使い切らないかもしれない。でも国のお金は暖かく使いたい。資本主義に使うのではなく。今は国会で政治の話ではなく、お金の話が政治の主たる議論になっている。お金を使うことによって命の無事を確保するのに使われなきゃいけない。お金を回すことによって価値が高まるという議論はされていない。世の中お金にとらわれすぎ。使うことによって大きい価値があるのではないか。
汚染者負担の原則。環境省もチッソをつぶさないようにしている。(つぶれると保証金が払えなくなる。)しかも国の過失は認めていない。金だけの話なのか。みんな病人になるかもしれないという解決するための発想がないのではないか。
都市部に緑を作る。帯広市100年計画を市長が言い出した。周りは収益につながらないので反対したが、視聴は議会を説き伏せた。地域らしさをだしていかなけれなならない。

(関先生)コミュニティーができているところには地域通貨はいらない。何しろ野菜をもらえば手伝いに来るし、手伝ってもらえば野菜を返す。だからそこに地域通貨をわざわざ儲ける必要はない。我々は山の中で暮らしていける技がない。若いときから山の中で暮らしていける教育が必要。

(内山先生)今まで軽視してきた物にこそ価値がある。そういった物をどうやって再生していくのか。日本にはコミュニティーその翻訳である共同体といった概念すらない。外来の物に振り回された。欧米の基準で再興しようとしている。いろいろな物に関わっていくのがコミュニティー。1つでできているのは良くない。

(鬼頭先生)都市はインフラを行政がやってくれるからコミュニティーという感覚がなく、いらない。でも地方は一緒にやらなければ行けない。都会だって今後は行政ができなくなる。そうなると地域が地域でやっていかなければならない。

(旗野さん)1つの価値観でつながっていく。それが大きい家族になる。暮らしが哲学。難しい言葉じゃなくて実践してみせる。腹八分目が大切。わかってはいるけど辞められない。映画を通じて患者さんから教えられる。

(関先生)差別や偏見は共同体だからこそ生まれたのではないか。みんなが同じレベルに見えるから。お金はわかりやすい。世界共通言語。だから余計に差別が出てしまったのではないか。

(澤田さん)一時金を出したから昭和電工は終わりだと思っているのではないか。企業がちゃんと患者に謝っていないのではないか。そしてちゃんと謝ったら許せる社会が大切。

(大熊先生)ホームページなりに書かないうちは本当の和解じゃない。最高裁判所判決もあるのになぜ国は従わないのか。
新潟水俣病に認定されると地域の恥だとされてしまう。外にも出されない。認定されると開店休業状態になってしまい、誰も来ない。地域の恥だとどう思わせないか。さらに申請が棄却されると偽患者だと言われてしまう。裁判おこしてまでお金が欲しいのかと言われてしまう。健康生命を犯された代償。大事だけど汚い物。表と裏。

(関先生)もやい直しもいいが、保障問題を解決しないうちにやってしまっていいのか。患者さんの心情を思うと複雑。国や昭和電工といった大企業を相手にしていく難しさ。情報開示をするといわれているが、何も出してこない。争うと企業イメージが悪くなるのではないかと思うが、かたくなになっている。
知事がかわったから、それでもようやくここまでたどり着けた。それまではフィールドミュージアム事業は国と県ができること。熊本は地域を良くしておこう。でも個々の患者さんは置き去り。新潟は患者さんを大切にする。昭和電工の道義。

(旗野さん)自分も過激派だと思われていた。水俣病に関わると。共産党だと思われた。今までは申請の足を引っ張られた。今回初めて知事が替わって、まだ問題は抱えているがようやくこうなった。これからである。

(内山先生)お金をもらえばそれですむのか。本質的な解決とはちゃんとけじめをつけることだ。何が問題なのか1つずつ。ごまかして忘れてしまっている。お金の使い方の知恵がない。どうやったら私有材を公共性を持たせるのか。
コレステロール低下剤はアルツハイマーに成りやすくなる。健康のために禁煙を勧められるが、むしろたばこを吸わせないストレスの方が問題。70歳までずっと吸ってきたなら、それが生き甲斐になっているのではないか。例え禁煙で一年寿命が延びたとしても、1年長く生きて何になる。

(鬼頭先生)保証金を払われても、一時的なお金では有効に使えない。お金を払うだけでいいのか。上野村の環境保全にダムの金を使わせている。しかも時価で。家を建てるのは有効な使い方だ。その位しなければやっていけない。でも周りはそうは思わない。価値観の共有。
本来は日本は相互扶助の精神があった。平等だから全部均等割じゃなくて、特権のある人と内皮とが是正されるようになっていた。認定制度の見直しが必要だ。

(関先生)本来は母集団は地域。でも個人保証をしてしまった。地域のつながりの再興。お金じゃなくてちゃんと謝ってもらいたい。

posted by: 三枝 孝裕 | 阿賀野川哲学塾 | 15:06 | comments(4) | trackbacks(0) |
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| - | 2010/02/14 7:09 AM |
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| - | 2010/02/08 5:46 PM |
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| - | 2010/01/27 2:33 AM |
この後、帰宅しながら澤田さん、長谷部さん、滝川さんとランチミーティングをしました。(いつも終わるとあわただしく終わってしまうので、こうしてまとめができる機会は良かったと長谷部さんがおっしゃっていました。)

ランチミーティングの中で昭和電工が謝るべきだ、だめでも昭和電工には案内を出すべきだなどいろいろでておりました。
中でも私が興味深かったのが澤田さんの「夫婦げんかと似ている」ということです。
夫が不貞をして、妻に怒られる。妻に夫は謝るが、夫は本当は悪いと思っていない。または夫が謝っていることと、妻が謝ってほしいことが違う。妻もそれが見えて、それならあれこれ買ってとねだる。でも妻は買ってほしい訳じゃなくて、本当は謝ってほしいわけだから何を買ってもらっても満足しない。結局夫もいっぱい買ってやっているのになぜ許さないんだと起こり始めてしまう。

さらに、そこには夫の認めたくないプライドが関わる。なんとか自分の非を認めず、妻に納得させる方法はないかと考える。

それに周りの目もある。あの人(妻)はいつもアクセサリーをたくさん着けてちゃらちゃらして、外にばっかりいるから夫が帰ってこないのよ。夫が帰ってこない原因は奥さんにもあるんじゃないとあらぬ疑いまでかけられてしまう。

そう考えると被害者の皆様には申し訳ありませんが、大きな問題も意外とマクロなのかもしれません。

澤田さんが一つのテーマに沿って開催される哲学塾は初めてだとおっしゃっていましたが、いろいろ考えさせられる哲学塾でした。
| 三枝孝裕 | 2009/07/11 3:41 PM |









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