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徹底討論2009.07.08 Wednesday
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以下は個別討論会の後の会場を交えての徹底討論の様子です。
地域をどうするかという問題。目には見えていないけど、つながりがある。
(私から、地元佐野は足尾鉱毒事件の被害地である。小学校では歴史教育がされているが、その程度であり、被害者の皆さんが生きている間は運動も盛り上がるが、これから先どうしていくのかという質問に対して。)
足尾銅山を世界遺産に推進する動きを遺族会は反対した。というのも本質をわかった上で伝えなければいけないからである。(大熊先生)
100年たってもまだ被害者がいる。その子孫が残っている。伝えていないかもしれないけど、記憶して行かなきゃいけないと思う。先祖からの語りかけに対して答えていく。今どうやって伝えていくか。あの世とこの世を写す。亡くなった人が枕元に立つ。いろいろやってみたらいい。患者さんがいる間に何が出来るか。(旗野さん)
利根川の治水は完成していない。調べれば必ず田中正造に行き着く。(大熊先生)
社会的な和解をしたとはいえ、新潟県内でも無関心。無関心は加害者かという質問は心が痛い。無関心であるが故に被害を広めてしまったのか。そして今我々はどういう働きかけが必要なのか。加害者の視点と被害者の視点がある。どう被害者の視点を持つか。どう阿賀野川、新潟水俣病と繋がっていくかが大切。(会場から)
無関心はもったいない。一度担当になった役人は部署が替わってもくる。なぜなら新潟水俣病患者がとても魅力的で、楽しい人だからだ。我々は無関心になるよう操作されている。(旗野さん)
当日きていた中学2年生(小学校から新潟水俣病を勉強し、今は授業中に説明をするほどの知識)学校ではほとんど勉強しない。小学校の時に簡単な説明があったくらい。今は1時間時間をもらって授業中に講義をする。今日の討論会の話を入れて、又学校で話をしたい。(会場から)
学校は近代的な人間がすばらしいと教えている。地元豊栄市に関係する湯川先生のローカル論すら教えていない。東山茂樹は昭和史ではトップを飾り農民運動をしていたが最近では影が薄くなる。ローカルを学校ですら教えていない現実。(会場から)
阿賀野川にはきれいな川でしか住めないとげ魚が住んでいる。つまり新潟水俣病で一度は汚染されたが、本質的にはきれいな川だと言うことだ。公害学習ではなく、環境学習としてのプログラムを計画したい。公害から環境へとどうつなげていくかが大切。(大熊先生)
複数企業による汚染、国家間の公害、世界的な企業による環境破壊。しかしその原因は我々が便利な生活を望んだからだ。我々は被害者であり加害者である。(関先生)
どういうふうに結びつきを作るか。僕は常日頃中国などから、戦争責任について問われると、「戦争責任は自分にはないが、事態をここまで長引かせてしまった責任はある」と認識している。全部のつながりの中で発生してしまっている。(内山先生)
学校教育では公害は終わったとしてしまった。そして環境問題をやっている。それでは本質をとらえられないままになっている。資源の不平等なども環境の問題。昔は公害教育をやっていた。しかし文科省が環境教育を導入したことで終わった。持続可能な社会を作っていかなければならない。公害教育をやり直すことでESDができる。今の環境教育の延長では(本当の)環境教育は出来ない。公害は地域の文化、社会の関わり、人との関わりを分断してきた。人と人のつながりをどう取り戻すか。そのためには阿賀野川を見つめ直さなければならない。(鬼頭先生)
(会場から大熊先生の専門のダムはどうなったという質問に対して。)ダムは50年もして人口が減れば、議論になるのではないだろうか。その無駄が。それでも20年前に比べれば状況は良くなった。
この後会場をとなりの蔵の宿「菱風荘(りょうふうそう)」に会場を移して、おいしい食事とおいしいお酒と徹底討論が夜中まで続きます。しかしそれは参加者だけのお楽しみにさせていただきます。
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